2009年07月16日

凡人は模倣し天才は盗む

以前に、パクリはダサいが粋なサンプリング感覚はかっこいいというような話を書いた。今回はそれについて改めて考察してみる。

パブロ・ピカソは「凡人は模倣し、天才は盗む」と言った。含蓄のあるよい言葉だ。「凡人はパクり、天才はサンプリングする」というのはどうだろうか?なかなかいいじゃないか…ま、それはいいとして、天才は一体何を盗むのか。勝手に解釈すると「盗む」というのは比喩であって、天才はそのアートの「肝」の部分を自分のものにするのが上手であるということではないだろうか。丁度ピカソがアフリカのフォークアートに影響を受け素朴な筆致によるキュビズムを生み出したように。

例えば、ダンスホールレゲエとかヒップホップなどの音楽であれば、DJやMCと呼ばれる演者は「韻を踏む」詩を歌う訳だけど、天才は「なぜ韻は踏まれるのか?」という根源的な問いかけに本能的に答えることが出来るのである。秀才は勉強して答えることが出来るようになる。凡人はなんとなく解ったら満足する。愚か者は…(以下省略)。ではなぜ韻は踏まれるのかというと、リズム感やグルーブ感を産み出すためである。これは古今東西問わず漢詩もレゲエも同様。つまりフローを生み出すためにライムが存在するのであります。だから、俺が思うに基本的には「韻を踏むための韻」はレベルが低いし、韻を踏むためにフローが損なわれている場合はよりレベルが低い。(以上はあくまでも個人的な見解です)

取り敢えずって言うことで韻というファクターを例に出したけど、もしレゲエのDJというアートだけでもステージングから、詩の書き方、曲の構成のさせ方、オケの選び方、衣装、時代性など「肝」の部分はほぼ無限にあるわけで、これを全部自分のものにしている人は曹操…じゃなかったそうそういないよね。いくら押韻が上手でも漢詩をたしなむ曹植男子じゃダメということだ。

毎度のことながら脱線してしまいましたが、ジャマイカ人による天才的サンプリングの実例を挙げてまとめに代えさせて頂きます。

こんなズージャな一曲が
レゲエになるとこうなる。歌は草食Rudeboyのレジーさん。ちなみにドン・ドラモンドのヴァージョンはここで聞けるよ。http://www.reggaerecord.com/jp/catalog/description.php?code=1307
posted by ヒビキラー at 11:17 | TrackBack(0) | HOW TO DEEJAY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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